デラニー・ブラムレットの語るデュアン・オールマン

Delaney Bramlett 2008年インタビュー(部分訳)

すっかり更新に間が開いてしまいました。
今回は、時々コメントを頂いているsatoさんのブログとの勝手な連動企画です。
これはSwamplandと言うアメリカ南部の音楽に関する話題を取り上げているサイトに掲載されたDelaney Bramlettの2008年インタビューの抜粋になります。
全体は2部構成になっており、今回はPart 2からの紹介になります。

satoさんは主としてジョージ・ハリスンに関してDelaneyが語った部分について書かれていますが、こちらはそのインタビューからDuaneに関して語っている部分を。
因みにタイトルもsatoさんのブログのパクリだす(爆)

Delaney Bramlettについては多くを語る必要は無いでしょう。Delaney & Bonnieと言う夫婦デュオで非常にアメリカ南部色の強い音楽をリリースし、George Harrisonは言うに及ばず、Georgeと親交のあったEric Claptonにも大きな影響を与え、更には両人とも彼らのツアーに参加したことでも知られていますね。

EricはそれまでのCreamやBlind Faithと言った輝かしいブリティッシュ・ロックの名声をかなぐり捨て、Delaney & Bonnieの元、新たな自分の求める音楽の旅を始めた訳です。
それは1969年の事でしたが、その後1970年半ばまでDelaney & Bonnie and Friendsの一員として彼らのバックを勤め、バックをやっていた気の合う連中とDerek & The Dominosを結成した事は偶然では無いと思います。

Ericがその頃のバックミュージシャンを引き連れて抜けた後、そのFriendsの一員として度々録音やステージに参加していたのがDuane Allmanでした。

Delaney & Bonnie名義の公式アルバムでDuaneの名が見られるのは以下の3枚です。

・To Bonnie From Delaney
・Motel Shot
・Together


尚、Duaneの参加しているライブ音源で出回っているのは以下の3種類になります。

・1971-1-22 Capitol Theater, Portchester, NY
・1971-1-23 Capitol Theater, Portchester, NY
・1971-7-22 A & R Recording Studios, New York, NY

尚、上記のコンサートではDuaneだけでなく、弟のGreggもゲストとして参加しています。
因みに、1970-8-5、New YorkのCentral Parkで開催されていたSchaefer Music FestivalでのDelany & BonnieのセットにDuaneは飛び入りで参加しており、George Harrisonが映画Let It Beに於けるRooftop Sessionで使用していたRosewoodのテレキャスター(DelaneyがGeorgeから譲り受けたもの)を使用したことは有名です。この音源については残念ながら残っていないようです。


尚、私がDelaney & Bonnieの音楽に初めて触れたのは、Ericが参加した事で有名なOn Tourでは無く、高校1年の時に友人K森が貸してくれたTo Bonnie From DelaneyとMotel Shotでした。特にTo Bonnie From Delaneyの最初のトラックであるHard Luck and Troublesにはやられました。考えてみると、彼がいなかったら今頃どう言う音楽嗜好を持っていたであろうかと良く思いますね。

では本編であるインタビューの訳を。

●あなたの友であるDuane Allmanとはどうやって最初知り合ったのですか?
Delaney: Jerry Wexlerを通じてDuaneに会ったよ。彼にはその前に会った事はあったけど、お互いにちゃんと知り合うとかそう言った類の事は無かったんだ。彼がAretha(Franklin)とのセッションをしているのを見たんだ。
だけどJerryは、「おまえはDuane Allmanと一緒にやるべきだ。お前さんたち二人は何枚も最高のレコードを作るだろうよ、お前のギターが、彼の演奏が最高なようにね」って言ってね。で、俺は、そうだねって答えたんだが、やっこさん、バンドを組んじまったんだ。

Jerryは、「試してみる価値あるって」と言うんで、俺は彼に電話し、今何してるんだ?って尋ねると、何もって答えたよ。
俺は、幾つかショーを一緒にやらないか?って尋ねたら彼は、「勿論だDelaney、俺はいつもあんたと一緒にやってみたかったんだ」って言うんだ。で、俺は「俺もいつもお前の演奏が気に入っているんだぜ」って答えたんだよ。
で、知らぬ間に彼はうちにいたんだよ。丁度その時、The Allman Brothers Bandはツアーの予定があってね、連中はDuaneを探していたけど、彼はここにいて俺とツアーしてた(笑)
彼は空港から電話してきて言いやがったさ、「やぁ兄弟、ここに来て俺を連れてってくんないか?もうここにいるからさ」

彼らのレコード会社の所有者であるPhil Waldenが7回か8回泣きついてきたな。でもDuaneは「ダメだ、あんた(Phil)は彼を訴えられないよ、俺が彼にぞっこんなんだからな」と言ってね。結局何事も無かったよ。でも、俺たちは最高の友達になった、で、もし君が俺たちの一人を見れば自ずともう一方も見ることになったんだ。そして、King Curtisも仲間に加わった。
俺が言いたいのは、俺とDuaneとCurtisの3人はいつもお互いに刺激し合い、実際素晴らしい音楽を作ったってことだ。

知っての通り、Duaneは少し麻薬を常用しててね、俺は彼に本当に具合悪くなる前に病院に行くように頼んだんだよ。彼は「上手く行くと思うかい?」って言ったね。
彼は病院に行ったさ、それで彼はそんなに悪い状態じゃなかったんで、事は簡単に済む筈だったんだ。
ただね、彼は俺と同じで癇癪持ちだったんだ。で、彼は看護婦に向かって「俺は自分を静めるちょっとしたものが必要なんだよ。俺は病人なんだぜ」と言ったんだわ。
そしたら、その看護婦が彼に叫び返しやがった、「お前のようなクスリ漬けのヒッピーミュージシャンが助けを求めてここに来るが、直ぐに出て行ってまた同じことを繰り返すのよ!」ってな。
これが奴を怒らせてね、起き上がるや服を羽織り、自分のオートバイに乗って出て行っちまった。
そして、その時に奴は桃を載せたトラックに撥ねられ死んだんだよ。

彼は翌晩、俺と演奏する事になってた。俺たちゃ2回公演を計画してたよ。俺は1回目の公演をやって、Duaneを探してた。で、その時俺のマネージャをやってた弟にDuaneから何か聞いてるか尋ねたけど彼は「いいや」と答えた。それで、俺が2回目の公演の準備をしてたら、弟のJhonnyがステージに走り込んで来て、俺にDuaneが殺られたことを告げたんだ。
俺は茫然自失になった。そんな気持ちのまま俺は2回目のステージをやらなきゃならなかった。俺が殺されたみたいだったよ。

Jerry(Wexler)が電話をかけてきて、皆が俺に葬式で唄って欲しがってるって言ったんだ。俺が「Jerry、何てこった、お前はそれがどんなに辛いことか分かってるのか?」と言ったら、彼は「あぁ、だが彼はお前の最高の友達だ。そいつがお前が言ったようにどれほど辛いかは充分に承知してるよ」って言ったんだ。

見ろよ、丁度5週間前に俺とDuaneはCurtisの葬式に行ったんだぜ、彼は殺されたんだよ、知ってるだろ。何人かのプエルトリコ系の奴らが彼のモーテルのドアの外で喧嘩してて、誰かが警官を呼んもんだから、彼は奴らに静かにしてくれと頼んだんだ。と言うのは、彼はそんなところで警官に会いたくなかったからだ。で、彼は戻ろうとして背中を刺されたんだ。彼がそいつに「最低なやり方だな」と言ったとき、そいつは心臓を刺しやがった。
彼は病院に行く途中で亡くなったよ。Duaneと俺は彼の葬式に行った、で5週間後には俺はDuaneのにもだ。3人組は崩壊したんだ。

なぁ、酷い話だ。俺は何時だったかWexlerから聞いた、彼(Jerry Wexler)はある時俺とDuaneが一時間以上も彼の家のポーチでアコースティックギターを弾いているのを座って聴いた、と言う一文を読んだよ。Jerryは、それは彼の今まで聴いた中で最高の音楽の幾つかだったと言ってたな。
そう言うことだ(笑)
彼(Jerry Wexler)は、「俺は今レコーディングプロデューサで、お前らが1週間もそう言うことをしていたのに、俺はその一音すらも録音しなかったんだ」と言ったんだ。更に「こいつは俺がやってきたキャリアの中でも最低最悪のことだったよ。だってな、そいつは俺が聴いて来た中でも最高に素敵な音楽だったからだ」と言ってたね。
俺たちは10枚分のアルバムを作るのに充分な量はやったね。俺はそう言う話にはならなかったと思ってるけどね。

Delaneyが如何にDuaneを大切に思っていたかは、A&Rスタジオで行われた公開演奏を聴くと良く分かります。そこで彼はDuaneを紹介する時に、

Lord have marcy, god bless Duane Allman!

と、いつものだみ声で紹介していますね。

この日の演奏は、全編はブートやtorrent等で入手可能ですし、アコースティックセットからのCom’on in my KitchenはDuane Allman Anthology IIで聴く事ができます。
更に言えば、3人組のもう一人であるKing Curtisも参加していますので、チャンスがあったら是非全編を聴いて頂きたいと思います。


Duaneの死後、DelaneyとBonnieは離婚してしまい、デュオも解散、その後二人は別々の道を歩み始めました。
ソロになってからのDelaneyの活躍は寡聞にして良く知りませんでしたが、Wikipediaによると数枚のソロアルバムの他、ゲストやプロデューサとして多くのアルバムに参画していたようです。

インタビューでは、この部分の前にJanis Joplinとの仕事及び彼女の死について、またこの後には自分の新しいアルバム(未完と思われます)やEric Claptonについても語っています。
Janisの部分はいずれ別の友人が取り上げてくれるでしょう(笑)
Ericについては、また近いうちに取り上げたいと思っています。

このインタビューが2008年の何時行われたものかは定かではないですが、残念なことに彼は同年12月27日に胆嚢の手術後の予後不全で亡くなってしまいました。
多分、これは彼の最期のインタビューだったのではないかと思います。
上記のインタビューにあった3人組、Delaney Bramlett、Duane Allman、King Curtis共に天に召されてしまった訳です。
今頃は3人組を天国で復活させて毎日のように素敵なジャムを繰り広げているのではないでしょうか。


God bless Duane Allman and rest his soul in peace!
Rest in peace, Delaney and Curtis!

広告

~ by mars_mnt : 2012/08/01.

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

 
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。